WEBライターの独り言

念願の「書くこと」を仕事に。言葉の力でもっとたくさんの人を幸せに出来たらいいなと思っています。

私はいつまでご飯を作り続ければいいんだろう

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「どうして女の人は仕事をしながら家事もしなきゃいけないの?」というのが、長女の最近の疑問である。

 

私もそれは昔から思っている。結婚当初はそれでけんかもしたっけ。なんで私ばっかりかじをやらないかんのか、って。

 

でも、そういう人と結婚してしまったのだから仕方ないよね。男と女には役割があるという考えの人だから。嫌なら別れるしかないんだしね。

 

ただ、子ども達は違う。娘にも息子にも、同じように家事をしっかりやらせようと思っている。家事に性別なんて関係ない。

 

自分で自分のことも出来ないのか

ご飯を作れない。掃除が出来ない。洗濯できない。これらは、自分で自分の面倒が見られないという、大人として、人として、恥ずかしいことなんだよということをまず理解させよう。

 

私は家事に性別は関係ないと思っている。だから、男女問わず、一通りの家事は、独立して家を出ていくまでに身に付けておいた方がいい。

もしそれができなくても、独り立ちしたら自分のことは自分でやる。これは当たり前。

 

それが、なぜ結婚すると妻にやらせようとするのか。料理が苦手なら作らなくてもいい。でも、片付けることは出来るはず。ごみを出したり、洗濯物をたたんだり、出来ることは山ほどあるはず。

 

もしできないとしたら、大人としてどうなんだ?と思う。

家事を「手伝う」のは義務だと思っていない証拠

私は「家事を手伝う」とか「育児に協力的」とか「イクメン」という言葉が嫌い。この言葉から感じるのは「私の仕事じゃありませんけど、お手伝いはしますよ」という、主体性のない気持ち。

 

要は、自分の義務だとは思っていないのだ。「手伝い」なんて言っている時点で。子どもと変わらんじゃないか。

 

あなたの家だし、あなたの子ども。家事をするのは当たり前で面倒みるのも当たり前。そういう気持ちがあったら「手伝い」なんて言葉は出てこないはず。他人事だと思っているから「手伝い」になる。

 

昔、保健所の乳児検診の質問にも腹を立てたっけ。「旦那さんは育児に協力的ですか?」だって。

その場では「はい」と答えたけど、なんで私が「協力してもらう」という立場なのか、行政がどうしてそんなことを言うのか、と腹が立った。

 

もちろん、父親じゃ母乳はあげられない。でも、それ以外のことはすべて出来るんだよ。やろうとしないだけ。協力ってなんだ。何様だ。

たぶん、色々制限されてきたという気持ちがある

私の場合は、家事自体はものすごく嫌いだというわけではないのだけど、圧倒的にそれに割く時間が違うことに腹が立つのである。

 

保育園のお迎えは当然のように私だった。だから残業が出来なくなった。その分、昼間必死で働いて、昼休みも仕事した。終わらなければ翌日早く行って仕事をした。残業代もでないのに。

 

でも夫は好きなように(本人は好きで残業しているのではないが)残業し、それについて私に申し訳ないと思うわけでもない。

 

私には平日の自由がない。夫は好きなように飲みに行くが、私は子どものお迎えと家事、育児。こんなの不公平だ。

転職するときも、仕事時間がネックになった。いいなと思う会社があっても勤務時間が難しい。仕事選びもままならない。不公平だ。

 

私ばかり、なぜ自由な時間も仕事も制限されないといけないんだろう。そんな思いをずっと抱えてきたように思う。

夫が一生懸命仕事をしていることは分かっている。だけど、どうにも自分の人生が制限されているという思いがぬぐえない。

 

だからこそ、これからの人生はどうやって生きようか、と最近よく考える。私はいつまでご飯を作り続ければいいんだろう。

 

そして、子ども達にはもっと自由に生きて欲しい、そんな世の中になって欲しいと心から思う。

男の人も可哀相だと思う

とはいえ、今の世の中の「役割分担」は男の人にとっても辛いのではないかと思う。

もし父親が家にいて「専業主夫」をしていたら、世間はどう見るだろうか。私なんかは「なんてうらやましい。うちにも一人欲しい」と思うけれど、大半の人は「なんで男のくせに外に出て働かないのか」と思うのではないだろうか。

 

そんな無言のプレッシャーで、男の人は仕事をやめたくても辞められない。女性は、社会進出が阻まれている一方で、「働きたくないから結婚して辞める」という人が多いのも事実。まあ、働きたくないと思っている時点で、組織には必要ない人だから辞めた方がいいのだけれど。

 

男性も女性も性別に縛られすぎて、生きづらくなっていると思う。もっと柔軟に考える子どもを増やして、性別で役割を決めるんじゃなくて、その人の向き不向きでやりたいことが出来るような世の中になったらいいな。

 

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レモンの花が咲きだした。

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今年もレモンの花が咲きだした。

去年は4つ、実がなったのに、1つ取られてしまったっけ。鳥がつついたくらいじゃとれないのに、誰が取ったんだろうね、と家族とちょっとショックを受けたっけ。

 

レモンの花って、とてもいい香りがする。甘くてさわやかな香り。蕾はピンク色だけど、咲くと白くなる。

レモンはミカン科だから、みかんの花と似ている。

 

鉢植えで買った当初は1メートルくらいだったレモンの木が、いつの間にか倍くらいになった。

 

子ども達の成長と同じであっという間に私の身長を超していった。

 

さて、今年は何個実をつけてくれるかな。レモンの旬は晩秋。口にするまではあと半年以上あるけど、毎日丁寧お世話して、その時を待ちます。

 

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読書感想文が書けない理由

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娘がいつも、「感想文が書けない〜〜〜」と泣きついてきます。この間も、哲学のエッセイを題材に感想文を書くという課題で、どうにもまとまらないと苦戦していました。

読書感想文が得意だった私からすると、なぜ書けないのかと思うのですが、それには主に3つ理由があると思います。

1.小学校の時に教わらないから

さあ、読書感想文を書きましょう、といわれて、書き方を教わった人はおそらく皆無だと思います。

感想文を書くには、導入をどうするのか、あらすじをどの程度入れるのか、乾燥や考察はどう書くのかなど、文の構成を考えないといけませんが、それを教えてくれた先生がいたでしょうか。

 

少なくとも、私が通っていた学校では教えてくれませんでした。

ですから私は、区が出している読書感想文集などを読んで、「学校で評価される読書感想文とはどういうものか」ということを研究してから書いたんです。

だから、「学校の課題としての読書感想文」は得意でしたよ。

 

言うまでもありませんが、学校で評価される読書感想文=いい文章、人の心を打つ文章ではありませんからね。

2.誰に向かって書いているのか分からないから

文章というのは読み手を意識して書くものです。ブログでもそうですが、誰が読むのかということを考えないで書く文章は、ただの独り言になってしまいます。

 

学校で書く読書感想文は、

  • 先生に書くのか
  • 親に書くのか
  • 友達に書くのか

誰に書いているのか分かりませんよね。

 

「先生にこの話の面白いところを教えて!」と言われれば、先生に話すように書くと思いますし、友達に教えるなら、書き方はまた違ってきますよね。

 

だから、その一点だけを決めてくれるだけでも、何をどう書けばいいのかということが子どもには伝わりやすくなると思うのですが、そんなことを言う先生はいなかったと思います。

3.文章を読むだけで考えていないから

人間、思っていないことは書けないのです。

 

だから、本全体を通して「面白かった」とは思うかもしれないけれど、それぞれの場面での出来事や登場人物の行動、心情などを細かく分析して、その一つ一つを自分がどう感じたのかとか、どう思ったのかということを順を追って考えていかないと、原稿用紙数枚の感想文なんて書けなくて当たり前なのです。

 

かといって、だらだらと感じたことを書けばいいというものでもないので、ここで1の「教わらなかった」というところに戻ってしまうんですけどね。文章を書くには、いきなり書き始めないである程度構成を考えてからでないと書けませんからね。

 

自由に書きなさいが一番困る

何でもいいから自分の感じたことを自由に書きなさい、が一番困ると思います。特に子どもは。

だって、「おもしろい」くらいしか感じなかったんだもん・・・という声が返ってきそうです。

  • 主人公に対してどう思った?
  • ○○はどうすればいいと思った?
  • 自分だったらどうする?

など、具体的に聞いてくれたらきっと書きやすいですよね。

 

そうはいっても読む力もつけないと

まあ、書き方については教わってないという言い訳も通用しなくもないのですが、感じ方は別です。

 

どう感じたか、どう思ったか。それは一人一人の問題であって、たいした感想も持てなかったというのは、思い切りその作品がつまらなかったか、想像力が足りないかのどちらかです。

 

書き方は訓練が必要ですし、どこで誰に向かって書くかによって書き方も違ってきます。

 

でも、どう感じるかは本だけの問題ではありません。たぶん、普段の暮らし方からして見直した方がいいかもしれないです。

 

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お水になります。

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先日、娘とランチに入ったお店での出来事。

 

何となく接客にまだ慣れていない、新人感満載の店員さんがやってきました。動作がこなれていない。ぎこちない。入って間もないんだろうな。(間もないのでなければ、これはまずいというレベル)

 

その人が、テーブルに水の入ったグラスを置いて言いました。

「お水になります。」

 

え、これ水に見えるけど、これから水になるの!?と思わず聞き返しそうになりましたが。

 

今時「お水になります」って言うのか。それともそう指導されているのか。他の人はどう言っているのかとても気になりました。

 

しかも注文を取ったあとは「〜でよろしかったでしょうか?」と言う。普通に「よろしいでしょうか」と言えばいいものを、これもそう指導されているのだろうか・・・。

 

動作だけならまだしも、日本語もおかしいと来たら、これはお店にとってマイナスにしかならないと思うだけど、料理はおいしかっただけに残念な接客でした。

 

かといって、それを教えてあげるほど親切ではない私。

 

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お水になります。

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先日、娘とランチに入ったお店での出来事。

 

何となく接客にまだ慣れていない、新人感満載の店員さんがやってきました。動作がこなれていない。ぎこちない。入って間もないんだろうな。(間もないのでなければ、これはまずいというレベル)

 

その人が、テーブルに水の入ったグラスを置いて言いました。

「お水になります。」

 

え、これ水に見えるけど、これから水になるの!?と思わず聞き返しそうになりましたが。

 

今時「お水になります」って言うのか。それともそう指導されているのか。他の人はどう言っているのかとても気になりました。

 

しかも注文を取ったあとは「〜でよろしかったでしょうか?」と言う。普通に「よろしいでしょうか」と言えばいいものを、これもそう指導されているのだろうか・・・。

 

動作だけならまだしも、日本語もおかしいと来たら、これはお店にとってマイナスにしかならないと思うだけど、料理はおいしかっただけに残念な接客でした。

 

かといって、それを教えてあげるほど親切ではない私。

 

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「研修中」の札にはどんな意味があるの?

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スーパーのレジでたまに見かける「研修中」という名札。あれは一体なんなのでしょうか。

 

研修中だから失敗してもいいとでも?手際が悪くてもいい?最初から言い訳しているのでしょうか。

 

お客様の前に出る以上は、研修中とかそんなこと関係ないのでは、と思うのは私だけでしょうか。

 

手際が悪いのなら、一生懸命練習して、十分働けるようになってから出てらっしゃい。お給料もらっている以上、お客様に言い訳してどうするんだろうと思います。

 

・・・というのも、どうにもレジ運がなくて、空いてるなと思って並んだら「研修中」の札をつけている人だったりして、超絶遅かったりする・・・。

 

その度に「研修中」の札が免罪符になるのか!!と心の中で叫んでしまうわけです。

 

あれ、本当にやめて欲しい。

 

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国立国会図書館子ども図書館に行ってきました。

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娘と一緒に国立国会図書館子ども図書館に行ってきました。

 

ちょっと曇り空なのが残念ですが、重厚な建物はそれだけでも素晴らしい。建物フェチとしてはたまらんです。

 

国立国会図書館子ども図書館は誰でも無料で利用できます。子どもといいながら、大人が見ても楽しい本がたくさんありますし、連れて行ったのは春から高校生になる娘ですが、「調べ物の部屋」では語学の本を真剣に読んでいました。

私は宇宙に関する本を読んでいたのですが、中高生〜大人まで読める本が揃っていました。

 

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こちらはイベントなどをするホールですが、高い天井と大きな窓に圧倒される部屋でした。この静かな空間、心が落ち着きます。

 

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こちらは絵本を資料として楽しめる部屋。

国内はもちろん海外作家の本や、戦前の貴重な絵本なども閲覧できます。昔の絵本のとても素敵で、今発行しても十分楽しめるではないかと思える本がたくさんありました。

 

なんといってもこの部屋が素敵。自分の家にこんな部屋があったらいいのに、と思ってしまった。

 

1階には小さい子も楽しめるように、たくさんの絵本と児童書がありました。児童書といっても小学校高学年から中学生くらいまで楽しめるものもたくさんありましたし、図鑑などの資料も豊富で、幅広い年代の子どもが楽しめると思います。

 

カフェが併設されていて、天気のいい日は外のテラスでも食べられますし、本好きの人なら1日いても飽きないと思います。

 

親子で本に親しむ1日、なんて素敵でしょ。

 

www.kodomo.go.jp

 

 

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