いつもこころに太陽を。

念願の「書くこと」を仕事に。言葉の力でもっとたくさんの人を幸せに出来たらいいなと思っています。

価値観が同じとはすなわち沸点が同じであることだと思った件

何に対してイラッとするのか。この基準は人との関係においてとても重要なポイントだと思っています。
 
先日、娘とデパートに買い物に行った時のことです。年末に娘が目をつけていたブランドのブーツがセールになっていました。しかし、気に入っていたデザインのものがなかったので、在庫があるのかどうか聞きたいと思い手の空いてそうな店員さんを探しましたが、みんな忙しそうにしていました。
 
ひとりだけ、接客をしていない年配の男性店員がいたのですが、なんとなくその人には声をかけづらかった。というよりも、かけたくない気持ちがありました。理由は自分でもよくわかりません。他の人に声をかけたかったけれどなかなか手が空きそうにないので、仕方なくその男性店員に、「このデザインで、この形のブーツがほしいのですが…」と言ったところ、信じられないことに鼻で笑われました。
 
本人はそのつもりはなかったかもしれませんが、私にはそう感じられました。そして、「もうここに出ている分しかないのですか?」と聞いて、はじめて「そうですね」と答えられたのです。
 
ものすごく、イラッとしまいた。セールですから出ている分しかないかもしれない、でももし在庫があったらいいなと思って聞いてみただけなのに、鼻で笑う?接客業として信じられない対応だと思いました。人を小馬鹿にしたような態度、ありえない。
 
娘は結局、出ているブーツを試着してサイズ感だけ試し、本当に欲しかったデザインのものはその場でスマホで買ってました。できれば履いて帰りたかったからデパートまで出向いたのですが、まあネットで買えてよかったね、と帰途につきました。
 
帰るときに、「さっきの店員の態度が、ちょっとイラッとしたんだよね」と娘に話したら、「私も!」と同意してもらえました。なんだか人を小馬鹿にしたような態度がすごくイラついたということで意見が一致しました。
 
だからこの子とは気が合うんだなあとそのとき改めて思ったのです。私がイラッとしたことを伝えて、もし娘が、「そう?私は気にならなかったけど」と言われてしまうと、自分が細かいことを気にしすぎなのかなとか、つまらないことで腹を立てる器の小さな人間なのかなとちょっと自己嫌悪に陥りそうです。逆もしかり。もし娘が、「こんなことでイラついた」と言われたことを、私が「そんなことでイラつくの?」思ったとしたら、お互い、共感できません。でも感じたことが一緒でよかった。
 
面白いと思うポイントだとか、感動するポイントなど、価値観をすり合わせるポイントはいくつもありますが、怒りのポイント、つまり沸点が同じくらいであることも、とても重要なことです。面白いと思うことが通じなくても、ちょっと残念だなと思う程度ですが、怒りのポイントが通じないと、「どうしてわかってくれないの!?」となってしまいそうです。人ってのは、怒りを共有できると、笑いを共有するよりも結びつきが強くなりそうな気がします。
 
この日は、あのおじさん、いい歳をしてお正月セールの、しかも婦人靴売り場で所在なさげに立っているってことは、それだけ使えないやつだからなんじゃない?という話で盛り上がり、帰途につきました。おじさんも、まさかちょっと接客されただけの客に陰口たたかれてるとは思わないだろうなあ。

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